3月の下旬、進級展の準備と並行しつつ、出品する展覧会のため東京にしばらく滞在していた。会場は銀座だったのだが、通りを横切る2階建てのはとバスがガラガラだったのをよく覚えている。
東京の展覧会に出品していた作品、この展覧会も新型コロナウイルスの影響で会期半ばで閉幕した
尾道へもどった頃、休日の外出自粛要請や各地の大学で入学式の見合わせ、授業開始の延期など、新型コロナウイルス感染防止対策が本格化し始めていた。その頃うちの大学は、まだ尾道市での感染者数が増えないこともあってか対応を決めかねているようだった。
その後も感染拡大は止まらず、いよいよ非常事態宣言が発令され、広島県でも複数のクラスターが発生し、県から休日の外出自粛要請があった頃、進級展の中止が決まった。連絡が来たのは、進級展の下見のため、尾道市立大学美術館を訪れた帰りの道中のことだった。
本機校正が終わり、いよいよ本印刷という段階だったフライヤー
私自身のその時の感情は、残念という気持ちと中止になって良かったという気持ちが丁度半々だったように思う。
元々、この社会情勢にも関わらず展覧会を開催するということに疑問を抱いていたということと、それとは別に作品を作り発表したいという思いがあったからだ。
しかし、残念と良かったという気持ちが半々だったからといって、発表したいという気持ちが消えるわけではない。発表予定の作品も決めていたし、発表しないままでは、もったいないと思った。そこで友人たちと話し、オンライン上での作品発表を行うことにした。
私が発表予定だった作品は、いわゆるインスタレーション、空間を使った作品展示だった。そのため、展示で使う空間を作ることこから制作を開始した。
幸い中止になったと連絡を受けたのは、大学美術館の床や天井の寸法を測るための下見を行った帰りの出来事だったので、大学美術館の模型を正確に作ることができた。
私が展示予定だった、展示室1はこのような作りである。
四隅に一辺45cmの正四角柱の柱が立ち、入口面の壁には棚が埋め込まれている(ちなみに入り口の形も少しおかしい)。そして、その反対の面は一面窓である。外には芝生が広がっている。
白と黒でまとめられた落ち着いた色合い、傾斜のついた天井、そして、サンルームのように大きな窓、うーん日当たり良好である、さらに幅470cm奥行き60cm高さ70cmの棚という素晴らしい大収納付き、なかなか快適そうな部屋だ。
しかし、美術作品を展示するとなればどうなのだろう。少々難しい空間ではないだろうか。
このように作者が展示空間に問題があると考える場合、仮設壁を建てるなどして空間を覆い隠してしまう、またはどのような空間だろうが関係なく展示をしてしまうなど、対応は人それぞれだと思うが、私はもう少し自らの制作として空間に対し積極的なアプローチを取る必要があると感じた。
最初の印象として、とにかくこの棚がどうしても邪魔だな、ということがあった。
それは私自身が絵画作品を扱っているということに関係するのだが、どうしても鑑賞するときに棚が目に入ってしまう。また一段奥まっているように見えるのも難点だった。
そこで最初の案として、棚をどかそうというのがあった。
勿論備え付けの棚はどかせないし、どかしたら(壊したら)美術館の人にすごく怒られると思うので、別の方法でどかせないだろうかと考えた。
棚をどかすと言っても、私は棚に対し悪い意味で邪魔だと思っていたわけではない。絵画を展示する空間として考えたときに邪魔だというだけで、存在を否定するわけではない。大学美術館にこの棚があるのはこの建物が持つ歴史として仕方ないことなのだ、それを否定することはできないし、むしろ尊重するべきだと思う。
(尾道市立大学美術館の歴史は
こちらから)
とにかく、私はもう少しこの棚を大切に扱いたいと思ったのだ。隠すのでも、存在を無視して展示を強行するわけでもなく。
そこで、むしろ、展示の中心として扱おうと思った。
そこで考えたのがこの作品である。
「棚をどかす。」展示模型 (正面)
ここまで話しておいて申し訳ないのだが、勿論この作品のテーマは棚をどかすことではない。
どかしたいと思うほど違和感を覚えたこの棚についての違和感を鑑賞者と共有したいというのが、一番のテーマである。
その手法として、物理的ではなく精神的に棚をどかす、つまり作品として空間を認識した時にあの棚が不自然なものに見えないようにする。なおかつ、鑑賞者がふと考えた時に「そもそも、なぜここに棚があるんだろうか」と思い至る、というのが私の理想だった。
そのためにこの様な展示計画にしたわけである。
正面の壁にはゾウさんの滑り台が貼り付けられている。右側の壁には棚のレプリカと、ゾウさんの滑り台の絵がある。
モチーフは空間に対してあり得ないものということで、ゾウさんの滑り台を選んだ。立体物と平面をそれぞれ作ったのは、違うものだが同じ物だとという暗喩である。
「棚をどかす。」展示模型 (横)
話をものすごく戻し、私のそもそもの作品制作のテーマについて今から話す。短いので安心してください。
私は、鑑賞者を含めた空間と作品の関係を大きな研究テーマとしている。現状の作品と鑑賞者の関係はお互いが求めるものに対して不十分だと考えているからだ。
作者は鑑賞者にもっとしっかり見て欲しいと思っている、鑑賞者はもっと作品について知りたいと思っている、お互いがお互い不十分だと思っているのだ。
私自身、もっと真剣にみて欲しいと思っていたし、なぜちゃんと見てくれないのだと思っていた。そして、そのための展覧会も開催した。
2018年に仙台にて行った個展の様子
私の過去の制作については話すと長くなるので、
ポートフォリオをご参照ください。
そんな感じで「棚をどかす。」という作品を作っていたが、中間講評を行なっていたとき、私はとんでもない間違いをしているなと気付いた。
私はオンラインでの進級展だというのに、美術館で行う展示と同じことをしようとしていたのだ。展示形式というそもそもの条件が違っているのに、同じことをしようとしてしまった。
鑑賞者との関係などと言っておきながら、これは大変な失態である。
そして、オンラインでの展示だと考え、改めて作品を見返すと、なるほどどうも楽しくないなと思い至り、作品をもう一度作り直すことにした。
そして、模型を作ったところで実際に展示はできないわけだし、どうせなら、実現は無理だろうというプランの模型を作ることにした。
また、写真とコンセプトだけ載せて終わろうと思っていた、オンライン進級展のページも変えることにした。それが、このように長々と文章を書いている理由である。
私は元々作品について展覧会の会場でベラベラと説明するタイプではない。しかし、それは実際作品をみて、体験するという前提の上、成り立っていたことである。実物が見れず、写真だけのオンライン展示では、もっとよく説明する必要があると思った。
もう少しで終わります。
「MOU尾道市立大学美術館 展示室1についての考察」展示模型
そして、改めて考え直した作品が、この「MOU尾道市立大学美術館 展示室1についての考察」である。
棚と同じように展示空間として、違和感があるものがあった、でかい窓である。野外展示を前提とした作品以外、直射日光は美術作品には厳禁とされているが、まさかのサイズの窓がそこにはある。そして、その向こうには芝生の庭、まさに理想の家。
「いや、もはや外じゃん!」と初めて美術館を訪れた際の感想を、今回の作品に取り上げることにした。
大学美術館の芝生の庭には紅葉の木が植えれている。風流である。今回の展示プランではそれを建物内に植え替えることにした。この写真にある木は、紅葉の木です。
外のものは中へ、中のものは外へ。
外には現代においては、展示空間のスタンダードとされるホワイトキューブと、絵画作品が置かれている。
この様なプランであれば、鑑賞者は展示室に入った瞬間「いや、外かよ!」と思い、外にあるホワイトキューブをみて「なんで、外にあんの!?」となるはずである。
私は普段の制作から、鑑賞者と作品を通してもっと理解し合いたいと思いながら、説明するという行為を省いてきた。
今回のオンライン進級展という試みは、その様な自らの態度を今一度考えるきっかけになった様に思える。
このプランは現実は不可能だと思うと言ったが、偉くなったり、何かのきっかけがあれば可能かもしれない。
今回はこの様な状況でMOU尾道市立大学美術館 展示室1で展示することは叶わなかったわけだが、いつかこの展示ができることを願っている。
外のホワイトキューブの中の様子はこんな感じ。
以上が私のオンライン進級展の作品です。
最後までありがとうございました。
おおだいら まこ